1929年10月24日 ニューヨークのウォール街の
株価大暴落に端を発し、世界恐慌は始まった。
その同じ10月、日仏対抗戦が東京、名古屋
大阪で行われた。
いわゆる財閥に所属する選手も多かった事から
平時と変わりなくテニスをプレーする事ができたのは
財閥系企業の懐の深さを感じざるを得ない。
そのフランス選手団のメンバーは
コシェ、ブルニオン、ロデル、ランドリー
であった。
3年連続でデヴィスカップを保持していた
フランス選手団を象徴的な年に迎える事ができたのは
その後の戦争への道を辿った経緯を見ると
最後のチャンスであり、日本庭球界にとって
幸運だったと言えよう。
世界恐慌と同時に金解禁に踏み切った日本。
嵐の中で雨戸を開けたと言われる
世界経済への船出だった。
次回はフランス選手団のプロフィールに
スポットを当て
この来日が果たした日本庭球界への
影響を考えてみたい。
タグ:世界恐慌
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