5月、6月は伊達公子選手にとって
最も厳しいヨーロッパ遠征のシーズンでした。
それも苦手と言われる赤土、レッドクレイの
サーフェイス。
第一期現役時代、ずっと伊達公子選手は
赤土への苦手意識を捨て去る事はできませんでした。
おまけに、何の因果か1989年のプロデビュー以来
必ずと言っていいほど、
なんらかの故障を抱えたままの闘いの連続でした。
そして彼女言うところの土屋さん。
クレーコートを得意としている選手を
彼女は土屋さんと呼んでいました。
その土屋さんの代表
アランチャ・サンチェスが
伊達公子選手の前にいつも立ち塞がっている。
そんな景色を95年まで彼女は毎年見る事に
なるのです。
そんな彼女の怪我の歴史。
ちょっと振り返ってみました。
1989年 雛祭りの日にヨネックスと契約しプロデビュー。
脚の故障を抱えたまま、ローランギャロス2R敗退。
ウィンブルドン後には腰痛も。
1990年 膝の故障でフレンチキャンセル。
1991年 怪我によるランキング低下の為、予選から出場する。
予選2回戦負け。
1992年 初めての第14シード。ストラスブールで肩を痛めるも
4回戦まで勝ち進む。
1993年 第16シード。風邪引きのまま本戦を迎え2回戦敗退。
膝靭帯故障の為、ウィンブルドンも欠場。
1994年 苦手の自分より小さい選手。
アマンダ・クッツアーに1回戦負け。
負け続けているのにランキングは5位まで浮上。
実力と評価のギャップに悩む。
このように95年と96年以外は、伊達公選手にとって
ローランギャロスは苦しい思い出の場所でした。
レッドクレイの季節は、
故障との闘いの歴史でもあったのです。
そして、今回の左太腿痛の為の棄権。
つまり、伊達選手のローランギャロスでの不調は
織り込み済み。
ただし、故障だからと言って
試合を休むとランキングは下がる一方。
2週間の闘いをしなければならないグランドスラム。
予選からの闘いを余儀なくされるのであれば
体力増強、スタミナ面強化が望まれるのでしょう。
桑田選手が古武術を取り入れ
パワーを取り戻したのを思い出しました。
新しい展開、きっと伊達公子選手,
考えていてくれると信じています。
ALLEZ!
KIMIKO!

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クレーコートが得意の選手のことを”土屋さん”とは面白いですね。
ナダルはテニス史に残る土屋さんですね^^